広島県 熊野町 筆まつり(筆祭り)の歴史
筆まつり(筆祭り)の歴史

これまでの筆まつり(筆祭り)の歴史
今年(2010年)第76回を数える筆まつりには、さまざまな歴史があります。
各催しの歴史や、携わってきた方々のこれまでの歴史を紹介いたします。

筆まつりは、日本三筆の一人である嵯峨天皇を偲び、合わせて安土桃山時代より冬の農閑期に筆の行商を始めて天保2年(1831年)には、筆作りが始まり日本一の生産地に育てた先人達の労苦に感謝し、ますますの発展を願って、例年秋分の日に筆まつりの祭典を行うようになりました。
昭和10年(1935年)
9月24日
第一回筆まつりは、村社の榊山神社で、祭典、商工会設立功労者表彰、永年勤続店員表彰のほか、余興として餅まき、花相撲、舞踊、変装競演などが行われ賑わいました。
昭和11年(1936年)
9月23日
第二回筆まつりも榊山神社にて祭典が行われました。
境内にある小学校校庭で、初めて筆踊りが披露されました。各地区競演で、少女、娘ら約600名が熱演しました。この筆踊りの唱は、昭和11年8月20日に作詞家野口雨情、作曲家藤井清水一行が熊野を訪れ「熊野小唄」として十七番と番外として造酒屋三軒の唄もつくられました。尚熊野を発つ28日の朝、熊野第一小学校校歌もつくられました。
昭和12年(1937年)
9月23日
7月に日中戦争が勃発したので、第三回筆まつりの行事は質素なものでした。榊山神社の神前で、県下の児童二百余名が揮毫しました。踊り等は中止となりました。前年につくられた「熊野小唄」がレコード化されました。伴奏は日本PCLレコード管弦楽団。唄は大利根俊・東京千代香。

第1回筆まつり唄の踊り(榊山神社そばの小学校)

昭和13年(1938年)
9月24日

筆まつりの行事として県下の学童の席上競書会が行われました。
昭和15年(1940年) 紀元2600年の奉祝行事として11月10日に小学校校庭で、筆踊り競演大会が盛大に行われました。
昭和20〜30年代

終戦を契機に学校習字が正課から消えたため、筆産業も出荷量が減少し衰微傾向を示していました。しかし、一部の筆産業は、画筆、化粧筆などの分野に活路を見出して進みました。そのような状況下で筆まつりは祭典のみが行われていました。
戦後の昭和21年秋の彼岸に各地区対抗の筆踊り大会が、熊野第一小学校で行われました。
昭和22年以降は榊山神社境内で、各地区それぞれに趣向をこらして踊り楽団演奏等で、大変盛り上がりました。
しかし、不況のため昭和31年は踊りは休止、昭和32年の大会を最後に競演大会は休止となりました。

昭和30年筆まつりの様子